トマ・ピケティは著作「21世紀の資本」において、資本主義経済では経済成長率が低くなると、蓄積された富から得られる所得は労働所得よりも急速に増大し、そのまま放置すると経済格差が自動的に拡大すると主張しました。
資本主義は資本所得の伸びが労働所得を上回る性質を持っているとピケティは主張します。
ピケティはこれをr>gという不等式で表現しました。r(資本収益率)は、資本が生み出す所得(金利や地代)が資本に占める割合を示します。一方、g(経済成長率)は国民所得の成長率です。
トマ・ピケティの主張
ピケティは、資本収益率が経済成長率を上回ると、過去の資本の蓄積によって経済格差が自動的に拡大すると主張しています。
ピケティは18世紀からの税収データなど国民経済計算を収集して分析しました。そこから、歴史的・経済的事実の発見をします。
アメリカでは上位1%の富裕層が40%の富を支配している現状があり、社会の不平等さを指摘する理論的な拠り所として、「21世紀の資本」は受け入れられました。
「r>g」とは何を意味しているのか
「資本」とは、人々が所有できて何らかの市場で取引できるものの総和を意味します。
不動産や金融資産、工場や機械、特許などを指します。
ピケティの言う資本には、人が持つ能力に相当する「人的資本」は含まれていません。ですから、ピケティの言う資本とは、何かを作り出す元手の総体から、人的資本を差し引いたもの、つまり、「非人的資本」ということになります。
国民所得とは?
所得について、ある国における1年間の経済活動による所得が「国民所得」です。
国民所得は「国内産出」と「外国からの純収入」から成ります。
また、国民所得は「労働所得」と「資本所得」とに分解することも可能です。両者の合計を総所得とも呼びます。
労働所得は人的資本によって生み出された所得です。対して資本所得とは、その国が所有する非人的資本つまり、「国富」が生み出す所得です。
この「国富」は民間財産と公的財産から成ります。また国内資本と外国に所在する資本(純外国資本)に分割することも可能です。こうした資本からは利子や地代、利潤といった形で所得が生み出されます。これが資本所得です。
所得フローと資本ストック
所得フローとは、ある期間に生産され分配された財の量を示します。また、資本ストックとは、ある時点で所有されている富の総額を意味します。
ピケティはこのフローとしての所得とストックとしての資本について、両者をつなげるもの、両者の関係を示すものとして、そのストックを年間のフローで割ることが、つまり「資本/所得比率」を算出することが最も自然で便利な方法だと考えました。
この資本/所得比率を「β」という記号で表現します。
例として、年間所得400万円の人が2000万円の資産を持っていたとすると、資本/所得比率は「2000÷400=5」となりβ=5となります。
この場合、資本/所得比率を「5倍」や「5年分」あるいは、「500%」のように表記します。
この資本/所得比率に資本収益率を掛けると、国民所得に占める資本所得の割合を計算できます。資本収益率とは、総資本に対する総資本から得られる所得(資本所得)の割合を示します。
資本主義の第一基本法則
ピケティはこの資本収益率を「r」、また国民所得に占める資本所得の割合を「α」という記号で表現しました。
これらは次のような関係で示せます。
国民所得に占める資本所得率(α)=資本収益率(r)✕資本/所得比率(β)
なぜなら、国民所得に占める資本所得率は(資本所得/資本)と(資本/国民所得)の掛け算で表現されます。
ピケティはこの恒等式を「資本主義の第一基本法則」と呼びました。
資本収益率と経済成長率の関係
一人あたりの平均国民所得を3万ユーロとし、一人あたりの平均資本を18万ユーロとした場合の資本/所得比率(β)は18/3=6(600%)となります。
年間の資本収益率(r)を5%としたら、国民所得に占める資本所得率(α)は5%✕600%=30%になります。
資本主義の第二基本法則とは何か
ピケティは資本主義の第二基本法則を次の式で記述しました。
資本/所得比率(β)=貯蓄率(s)/経済成長率(g)
資本の優位性は貯蓄率の向上や経済成長率の低下で高まります。経済成長率(g)が2%で、貯蓄率(s)が12%ならば、資本/所得比率(β)は600%になりますが、これが実現するには長期的なスパンが必要になります。
資本/所得比率(β)が、貯蓄率と経済成長率の除算から得られるならば、資本主義の第一基本法則は「α=r✕β」は次のようにも書けます。
国民所得に占める資本所得率(α)=資本収益率(r)✕貯蓄率(s)/経済成長率(g)
経済成長率と貯蓄率
二つの基本法則を組み合わせるとどうなるか見てみましょう。
ここで貯蓄率(s)を固定したとすると、国民所得に占める資本所得率(α)は資本収益率(r)と経済成長率(g)のバランスに左右されます。
資本収益率が優位ならαは高くなり、経済成長率が優位ならばαは低下します。
経済成長が停滞する社会では労働所得が伸び悩み、過去に蓄積された富の優位性が急速に高まります。
歴史的に見てもr>gの時代が長く続いていた
ピケティは資本主義社会では資本収益率が経済成長率よりも上回る状態、「r>g」となるのが自然であることを長期的な歴史データを基に明らかにしました。
1910年代から2010年代までの1世紀は経済成長率が資本収益率を上回る「r<g」の時期がありましたが、この時期は極めて特異な時代で例外的でした。いずれ「r>g」の時代が来るとピケティは主張しました。
なぜr<gに逆転したのか
r<gが成立するということは、資本所得よりも労働所得が優位な状態です。
資本収益率と経済成長率の関係を見たとき、「r>g」が「r<g」に逆転した1910年代からの1世紀は例外的な現象が起きた期間でした。
1910年から50年にかけて国民資本は激減します。この40年間は第一次世界大戦と第二次世界大戦が勃発した時期に相当します。
これらの戦争によって工場や農地、有形財産など物理的資本の破壊が行われました。これがこの間に資本価値が激減した最大の要因です。
資本が破壊された状態で新たな生活を営むには、社会インフラを大量の労働で回復しなければなりません。
戦後のベビーブームで人口が急激に増加し、国民所得の成長率は1人当たりの経済成長率と人口増加の和であったことから、経済成長率は飛躍的に伸びました。
2度の戦争で資本収益率は低下し、戦後復興により経済成長は向上します。このような環境が「r>g」を「r<g」に逆転させました。
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